―――――――――――――――――――――――――――――――――
【ナシュアの一生】
ナシュアは英ダービーを目指し欧州でデビューする予定でしたが、1歳時にオーナーのW.ウッドワード氏が死去したため実現しませんでした。その後、父親の後を継いだウッドワード・ジュニアが馬主となっています。
1954年2歳時にナシュアは8レースに出走し、2度の2着以外は抜群の競争能力を発揮しました。この成績によりこの年の最優秀2歳馬に選出されています。翌年もナシュアは勝ち続け、ナシュアはフラミンゴステークス、フロリダダービー、ウッドメモリアルステークス、プリークネスステークス、ベルモントステークス、ドワイアーステークス、アーリントンクラシック、ワシントンパークマッチ、そしてジョッキークラブゴールドカップステークスに勝ち、ついにアメリカ年度代表馬になりました。
特にワシントンパークマッチは歴史に残るマッチレースで、相手はケンタッキーダービーでナシュアを破ったスワップスでした。レースは予想に反してナシュアが先行すると直線に入っても脚色が衰えずスワップスに6馬身半の差を付けて見事雪辱を果たしました。
この年の末、馬主のウッドワード・ジュニアが、泥棒と間違えた夫人の誤射により死亡するという事件が起こりました。
そしてナシュアは、馬主死亡で競売にかけられました。この時の競売価格125万1200ドル(約4億5千万円)は当時の新記録でした。従来の記録はタルヤー(Tulyar)の70万ドルでしたから、これを大幅に塗り替えたことになります。このシンジケートが、のちの種牡馬ビジネス高騰化の布石になったともいわれています。
ナシュアは、結局スペンドスリフト牧場のレスリー・コーム氏を中心としたシンジケートに売却されました。
1956年の終わりにナシュアは引退し、30戦22勝、3回のレコードを記録した成績を引っさげてレキシントンのスペンドスリフトファームで種牡馬入りしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
名種牡馬ナスルーラのアメリカでの初年度産駒として鳴り物入りで種牡馬入りしたナシュアでしたが、活躍した産駒の多くが牝馬だったため父系のラインを残すことができませんでした。
しかし、母の父としては122頭のステークスウィナーを出し、英ダービー馬ロベルト(Roberto)や、大種牡馬ミスタープロスペクター(Mr.Prospector)のブルードメアサイアーとしてその名を残しました。
また、南米においては、アルゼンチンに輸出された直子のグッドマナーズが大成功し、現在でも系統を発展させています。
“世紀のマッチレース”を闘ったナシュアとスワップスですが、ナシュアは引退してすぐにスペンドスリフト牧場で種牡馬入りし、一方のスワップスは故郷カリフォルニアのエルズワース牧場で1年供用されたあと、ダービー・ダン牧場へ移籍。そしてその後、15歳の時にナシュアと同じスペンドスリフト牧場へ移りました。こうして何の因果か両馬は、晩年を同じ厩舎で過ごすことになったということです。
さて、ライバルのスワップス(swaps)は、現役時代、右前脚の裂蹄と感染症に泣かされ続け、クッション入りの蹄鉄を履かせるなど何とかレースに出走していましたが、4歳9月には右前脚の管骨を痛め、10月には右後脚を骨折。まさに怪我と隣り合わせの現役生活をおくりました。
そんなスワップスでしたが3歳後半から4歳シーズンにかけてレコードタイムを連発し、4歳イングルウッドH(ダ1700m)では自身の持つレコードを1秒4更新する1分39秒0、サンセットH(ダ2600m)ではコースレコードを一挙に2秒4も縮める2分38秒2をたたき出すなど、生涯で6度、世界レコードをマークしました。
スワップスの生涯成績は、25戦19勝と立派な成績を残しました。主な産駒には、日本に輸入されたケンタッキーダービー馬シャトーゲイ、Affectionately、No Robberyなどがいます。
ナシュアは3歳時に、スワップスは4歳時に、それぞれ年度代表馬に選ばれています。まさに好敵手(ライバル)と呼ぶにふさわしい2頭でした。
この2頭の血を両方とも受け継いだ馬にウッドマン(Woodman)がいます。Woodmanはヒシアケボノやヘクタープロテクターの父として日本でも有名ですね。
ナシュアは、1982年に31歳で死亡するまで生涯種牡馬で、その遺体はスペンドスリフトファームに埋葬されています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【競争成績】
◆1954年(8戦6勝)
フューチュリティステークス、ホープフルステークス、グランドユニオンホテルステークス、ジュヴェナイルステークス
◆1955年(12戦10勝)
プリークネスステークス、ベルモントスステークス、ジョッキークラブゴールドカップステークス、ウッドメモリアルステークス、アーリントンクラシックステークス、フラミンゴステークス、アーリントンクラシック、フロリダダービー、ドワイヤーステークス
◆1956年(10戦6勝)
ジョッキークラブゴールドカップステークス、サバーバンハンデキャップ、モンマスハンデキャップ、ワイドナーハンデキャップ、グレイラグハンデキャップ、キャムデンハンデキャップ
通算30戦22勝
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【主な産駒】
◆シュヴィー(Shuvee) エイコーンステークス、マザーグースステークス、コーチングクラブアメリカンオークス、ジョッキークラブゴールドカップステークス連覇
◆ノーブルナシュア(Noble Nashua) スワップスステークス、マールボロカップ
◆ディップロマットウェイ(Diplomat Way) ブルーグラスステークス
◆ブラマリー(Bramalea) コーチングクラブアメリカンオークス
◆マーシュア(Marshua) コーチングクラブアメリカンオークス、セリマテークス
◆ベラデイルボール(Beldale Ball)メルボルンカップ
◆グッドマナーズ(Good Manners) ハギンステークス
ナシュアは、BMS(母の父)として、とても優秀で、大種牡馬ミスタープロスペクター(母Gold Digger)の母父、ロベルト(母Bramalea)の母父になっています。
【血統図】