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●ダンテ Dante&ダライアス Darius&デリングドゥ Derring-Do

【ダンテ Dante】
 ダンテは、イタリアの詩聖の名をもらった馬で、デビューから6連勝を飾ると、3歳初戦も圧勝し2000ギニーに挑みました。しかし、調教中に僚馬の蹴り上げた小石が目にあたり右目に外傷を負ってしまいます。結果、クビ差の2着。その後専門医の治療を受けて臨み、ニューマーケットで開催されたエプソム・ダービーで最高のタイムで優勝し、イングランド北部の辺境の調教馬として快挙を成し遂げました。
 この快挙にミドルハムでは有名な鐘を鳴らし、町を挙げて勝利を祝ったといわれています。しかし、ダンテはこのレースは最後に引退となってしまいました。英2000ギニーの敗因となった目の外傷はその後もダンテを苦しめ、ついには完全に視力を失ってしまいます。
 しかし、その後も「盲目の種牡馬」として種付けを行いました。

 名馬ダンテの直仔は、すぐれた牝馬が多かったのですが、牡駒ではわずか3頭ほどが名を成したに過ぎませんでした。これは、ダンテの競走能力が、母ローズィレジェンドの資質に多くを負っていたこととも無縁ではありません。
 
 一般に、このように活躍馬が牝駒に偏る傾向を〈フィメールバイアス female bias〉、またそうした種牡馬を〈フィリーサイアー filly sire〉と呼ぶそうです。彼らが、母の父として優秀なのは当然ですね。が、それでもダンテの牡駒3頭は、それぞれに父系を盛り立ててゆきます。
 
 フェデリコ・テシオの手になるトゥールーズロートレック(1950 牡 栗 out of Tokamura ― ミラノ大章典、イタリア大賞典 他)、ランドー(1951 牡 黒鹿 out of Sun Chariot ― サセックスS)、そしてダライアスDariusです。

【ダライアス Darius】 
 ダライアスDariusは、その名をアケメネス朝ペルシアの帝王に由来し、パーシー・ロレーン卿 Sir Percy Loraine の所有となります。2歳時は、ジュライSとシャンペンSを制して頭角を現わしました。クラシック戦線では、英2000ギニーで優勝。英ダービーでも、あのネヴァーセイダイ Never Say Die(1951 牡 栗 by Nasrullah ― 英ダービー、英セントレジャー。ラークスパー、ネヴァービートなど産駒の多くが本邦輸入)の3着に入りました。

 その後 Darius は、アスコットのセントジェイムズパレスSで勝利して、英マイル戦線を制圧しながら、距離の長いキングジョージVI世&クイーンエリザベスDSでもオリオール Aureole の3着と健闘しました。4歳になって10ハロンのエクリプスSで勝利をあげた後、引退・種牡馬となりました。このダライアスDarius の産駒にも、父ほどではないにしても〈フィメールバイアス〉が見られます。
 特にその名を高めたのは、ピア Pia(1964 牝 黒鹿 out of Peseta ― 英オークス、チェリーヒントンS、ロウザーS、パークヒルS)と、ポラベラ Pola Bella(1965 牝 黒鹿 out of Bella Paola ― 仏1000ギニー、ムーランドロンシャン賞、仏グランクリテリウム-2着、仏オークス-2着、ヴェルメイユ賞-2着)の2頭の牝馬でした。いずれもすばらしい競走成績を残し、繁殖入りしてからも良い仔を産みました。

 母系にダライアス Darius を持つ馬は他にアブサロム Absalom 、アドニジャー Adonijah、アルカンド Alcando、ヤマニンケイ Vrachos、モンドリアン Mondrian、サッチング Thatching などいます。

 一方、Darius の牡駒にはダーリングボーイ Darling Boy(1958 牡 栗 out of Shrubswood ― ジョッキークラブS、ラクープ 他11勝。)、デリングドゥ Derring-Do(1961 牡 鹿 out of Sipsey Bridge ― クイーンエリザベス2世S 他)、ヴェラーノ Verano(1962 牡 out of Varna ― 伊ダービー)、ダートボード Dart Board(1964 牡 out of Shrubswood ― デューハーストS、英ダービー-3着。)などが出ました。

【デリングドゥ Derring-Do】
 これらの中から Derring-Do が、ダンテ系を新たな展開に導きます。
 Derring-Do は、イギリス・バートンアグネス牧場で生産された小柄で垂れ耳の見映えのしない馬だったと言います。主にマイル戦線で活躍し、2歳からインペリアルSおよびコーンウォリスSを勝ち、英ナショナルSは2着。フリーハンデでは3位に推されました。
 しかし、休養の間に大腸炎をわずらい、翌年の英2000ギニーは見せ場なく、ボールドリック Baldric(1961 牡 黒鹿 by Round Table ― 同年チャンピオンS勝ち。キョウエイプロミスの父)の8着に破れました。その後マイル戦線サセックスS、クイーンエリザベスII世Sでは、いずれも同期の宿敵ローンロケット Roan Rocket(1961 牡 芦 by Buisson Ardent)、一歳上のリネカー Linacre(1960 牡 青 by Rockefella)らの前に2着と敗れ、ハンガーフォードSを勝つにとどまりました。
 
 4歳になってようやく調子を取り戻し、カヴェンディシュSに10ハロンのヴァルドーS、そして昨年敗れたクイーンエリザベス2世Sを勝ち、やっと評価を得ます。結局、通算14戦して 6-3-2-3 という成績でした。普通に考えると、現役時代の競走成績は中の上程度ですので、種牡馬になっても相手牝馬の質も低く、絶えていく確率が高かったはずです。しかし、翌1966年に種牡馬となったDerring-Do は、次第に大きな評価を獲得して行きます。Derring-Do の血統には、競走面よりもどちらかと言えば繁殖面で、効果を発揮する仕掛けがあったと言われています。
 
 5代アウトクロスの父 Darius の配合に比べ、Derring-Do は大胆な近親配合を行い、父系、牝系の双方から複雑なクロスを得ています。複雑で細かいクロスが父系・母系の双方から得られており、Dante に対するもう一つのニックス相手Owen Tuderの血も追加され、さらには Nearco × Solario という全く同じ配合を父系・母系の両方に配置することで、父や祖父の配合がより強力になっています。もし Dante を「母系において便利なフィリーサイアー(性染色体が主体)」としてではなく、「父系を成し相加的資質の源となる種牡馬(常染色体が主体)」として見るのであれば、クロス・ニックスを縦横に用いたこの Derring-Do は、ほとんど模範的な配合だったに違いありません。
 
 そもそも Dante はアウトクロスに傾いた完成度の高い配合でしたから、これくらい大胆な配合を行って資質を固定しておかない限り、父系としては早々に衰退する運命にあったと考えられます。こうした血統背景を追い風に受け、Derring-Do は初年度からハンターコム(1967 牡 黒鹿 out of Ergina ― ジュライC、ミドルパークS 他)、3年目にはハイトップ(1969 牡 黒鹿 out of Camenae ― 英2000ギニー、オブザーバーGC 他)を出して、種牡馬としても大いに成功します。
 
 ドミニオンDominionn(1972 牡 鹿 out of Picture Palace ― ペルス賞、バーナードバルークH 他)、ローランドガーデンズ Roland Gardens(1975 牡 out of Katricia−英2000ギニー)、カムデンタウン Camden Town(1975 牡 out of Camenae ― ジャージーS、ロッキンジS-2着。High Top の全弟)、デリリン Derrylin(1975 牡 out of Antigua ― グリーナムS、ホーリスヒルS)が重賞を勝ち、リーディングサイアーランキングでは、この年英愛仏のダービーを席巻した Mill Reef、既に種牡馬として成功していたPetingo に次ぐ、第3位に入っています。惜しむべくは、この年Derring-Do が死亡してしまったことでした。
 
 しかし残された Derring-Do の直仔は、優秀な繁殖成績をあげ、Derring-Do は「種牡馬の父」として大成功、父系をますます広げていきました。このため、時代が変わった現在でも、Dante 系と言えば、それはかなりの割合で Derring-Do 系なのです。フィリーサイアー Dante の系譜を、本当の意味で「父系」に変えたのが、Derring-Do だったわけです。

 同じ意味で、かのサンデーサイレンスも常染色体の相加的な遺伝力が顕著に認められる種牡馬ですが、その牝駒は大活躍しています。将来は、サンデーサイレンス系もこのダンテ系のように、遺伝学的なバックボーンを持った配合が根気強く続けられれば長く何世紀も繁栄する系譜が生まれるかも知れませんね。

デリングドゥの血統表

デリングドゥ血統表.JPG
posted by 楽天馬2 at 17:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競走馬達の物語
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