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このサイトではノーザンダンサー、ナスルーラ、ハイペリオン、ネイティブダンサー、リボーなどの名競走馬であり名種牡馬達の物語を紹介します。
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●ノーザンダンサー

ノーザンダンサー(Northern Dancer)は、カナダの競走馬・種牡馬です。
1964年のアメリカクラシックの二冠馬でありますが、「19世紀のセントサイモン、20世紀のノーザンダンサー」という言葉が示すとおり、20世紀後半において最も成功した大種牡馬です。
後継種牡馬も多数成功し、主流血統であるノーザンダンサー系を築いています。
1964年カナダ年度代表馬、米最優秀3歳牡馬。英リーディングサイアー4回、米リーディングサイアー2回。米リーディングブルードメアサイアー1回。
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【ノーザンダンサーの一生】
ノーザンダンサーは、1961年にカナダ・オンタリオ州南部のウインドフィールズファームで生まれました。生産者はサラブレッド生産で一時代を築いたエドワード.P.テイラーです。

母ナタルマはそのテイラーがサトラガセールにて35000ドルで購入した牝馬で、故障のために3歳の春に7戦3勝という成績を残して引退しました。ナタルマが繁殖入りしたのは6月だったので配合相手に選択肢がなく、自身の持ち馬でその年種牡馬入りしていたニアークティックを配合したのでした。
翌年5月27日ナタルマは鹿毛の牡馬を出産しました。遅生まれの上に小柄でしたが、テイラーはこの仔馬を高く評価し25000ドルという高値で売り出しました。

当時のカナダでそんな高額な馬を購入する者がいるはずもなく、買い手が付かずに生産者であるテイラーは自身の持ち馬として走らせることになった。テイラーは、父ニアークティック(新北区)、母の父ネイティヴダンサー(先住民の踊り子)よりノーザンダンサーという名前をこの馬に付けた。ノーザンダンサーはデビューする頃になっても発育が悪く、体高は最高で15.2ハンド(約154.4cm)にしかならなかった。

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2歳になり、カナダ、フォートエリー競馬場のメイドン(未勝利戦)でデビュー戦をむかえ、初戦を7馬身差で飾ると、その後2ヶ月の間に5戦3勝2着1回と戦跡を重ね、カナダ最大の2歳戦であるコロネーションフューチュリティを6馬身差で圧勝、続く3戦も圧勝してカナダ2歳チャンピオンに輝きました。結局この年は9戦7勝でした。

3歳になりノーザンダンサーはアメリカを主戦にします。
初戦の一般競走では3着に敗れましたが、その後連勝を重ねてフロリダダービー、ブルーグラスステークスなどのステップレースを制して、アメリカ国内でも有力馬となっていきました。

2番人気で迎えたケンタッキーダービーは、本命馬ヒルライズ(hillize)をクビ差抑えて当時のレコードで勝利します。現在でもこの記録はセクレタリアトとモナーコスに次ぐ第3位の記録です。続くプリークネスステークスでは余裕の走りで二冠を達成します。しかし、クラシック三冠のかかったベルモントステークスでは、クアドラングル(Quadrangle)の3着に破れ三冠達成を逃しました。

そして、次走のカナダのクラシックレースであるクイーンズプレート(カナダダービー)を7馬身半で圧勝。そしてこれがこの馬の引退レースとなりました。
この年、カナダ年度代表馬、アメリカ最優秀3歳牡馬を受賞しています。
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ノーザンダンサーが生まれた1961年は、シンザンやレイズアネイティヴが生まれた年でもあります。競馬界はナスルーラ系、セントサイモン系、ハイペリオン系等が勢力を競っていました。
ノーザンダンサーの父ニアークティックもそれらの一角であるネアルコ系のわずかに枝にすぎませんでした。

引退後、種牡馬となったノーザンダンサーは、最初はカナダに繋養で繋用されていましたが、いきなり2年目の産駒から、イギリスクラシック三冠馬となるニジンスキーを送り出します。これがノーザンダンサーにとって大きな転機となります。

その後も英愛エプソムダービー優勝馬のザミンストレル等146頭のステークス競走優勝馬を輩出し、アメリカに移動した最盛期には種付け料は95万ドル(当時のレートに換算すると2億円以上)に達し、産駒は天文学的な価格で取引されたれたのでした。
(1970,77,83,84年英リーディングサイアー、1971,77年米リーディングサイアー )

後継種牡馬もニジンスキーやサドラーズウェルズなどが大成功を収め、ノーザンダンサー系は急速に拡大していきます。わずか20年で主流血脈に発展したため、「セントサイモンの悲劇」の再現が懸念されました。

しかし、現在そこまでの事態には至っていない。それでもあまりに多くの活躍馬が出過ぎたためにノーザンダンサーの血を持たない馬が珍しくなり、ノーザンダンサー系の種牡馬が活躍できない要因にもなっています。これは、ノーザンダンサーの2×4という濃いインブリードを持つラムタラがその典型と言われます。

一方で、サンデーサイレンスの成功は、ノーザンダンサーの血を持っていなかったことだと言われています。

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【主な産駒】
◆ニジンスキー(Nijinsky)13戦11勝 英三冠、KG6世&QEDS、愛ダービー。英1986年リーディングサイアー
◆リファール(Lyphard)12戦6勝、フォレ賞、ジャック・ル・マロワ賞。仏1978,79、米1986年リーディングサイアー
◆ノーザンテースト(Northern Taste)20戦5勝、フォレ賞。日1982-92年リーディングサイアー
◆ザミンストレル(The Minstrel)9戦7勝、英愛ダービー、KG6世&QEDS
◆ビーマイゲスト(Be My Guest)7戦4勝。英1982年リーディングサイアー
◆ファビラスダンサー(Fabulous Dancer)8戦4勝。仏1992年リーディングサイアー
◆ダンチヒ(ダンジク(Danzig))3戦3勝。米1991-93年リーディングサイアー
◆ヌレイエフ(Nureyev)3戦2勝。仏1987,97年リーディングサイアー
◆ストームバード(Storm Bird)6戦5勝、英愛最優秀2歳馬
◆シャリーフダンサー(Shareef Dancer)3勝、愛ダービー
◆ロモンド(Lomond)7戦3勝、英2000ギニー
◆サドラーズウェルズ(Sadler's Wells)11戦6勝、愛2000ギニー、エクリプスステークス。仏1990,93,94,英92-2004年リーディングサイアー
◆セクレト(Secreto)4戦3勝、英ダービー
◆エルグランセニョール(El Gran Senor)8戦7勝、英2000ギニー、愛ダービー
◆フェアリーキング(Fairy King)1戦0勝。1996年仏リーディングサイアー (サドラーズウェルズの全弟)
◆ノーザントリック(Northern Trick)6戦4勝、ディアヌ賞

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【血統図】
ノーザンダンサー.JPG
posted by 楽天馬2 at 16:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競走馬達の物語
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