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●ハイペリオン

ハイペリオン(Hyperion)は、イギリスの競走馬・種牡馬です。1934年にエプソムダービー、セントレジャーステークスを制し、種牡馬としても合計6回イギリスのリーディングサイアーになる成功を収めました。
数々の名馬を生産した第17代ダービー伯爵、エドワード・ジョージ・ヴィリアーズ・スタンリーの最高傑作といわれています。
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【ハイペリオンの一生】
ハイペリオンの父ゲインズバラは1918年のイギリス戦時クラシック三冠馬で、母セレーネはチョーサー産駒の一流馬でした。母は、小柄だったためクラシックには登録されなかったものの現役時代チェバリーパークSやパークヒルSを勝ち、22戦16勝の成績を残した名牝です。セレーネはハイペリオンの半弟(父が違う弟)にシックル(ネイティヴダンサーの曾祖父)、ファラモンド(トムフールの祖父)など、その後の競走馬の系譜に重要な役割を果たす種牡馬を輩出している。ちなみに母のセレーネという名は、ギリシア神話に出てくる月の女神のことで、その父が太陽神ヒュペリオン(英語読みでハイペリオン)なのですが、この場合は、神話と反対で、セレーネの息子にその父の名ハイペリオンという名前が付けられました。

血統的には気性難として知られるセントサイモンとその父ガロピンの奇跡の血量(血量が18.75%のインブリード)を持っていましたが、非常に温和な性格だったと伝えられています。ただ、自分の気に入らないことがあるとかたくなにそれを拒み、その場から動かなくなることもあったということです。
名馬産家フェデリコ・テシオは本馬が3歳の時に一目見て「競馬史上に残る名馬になることだろう」と語ったと伝えられています。

ハイペリオンは両親の小柄な馬体を受け継ぎ体高が14.5ハンド(約147cm)しかなく、ポニーと同じくらいの体高しかありませんでした。これはこの時代の標準的な体高16ハンド(約163cm)より1割も低く、飼い葉桶にクビを届かせるのが大変だったという話が残っています。また、「ゴールデン・レッド」と呼ばれる種類の毛色をしていた為、牧夫のひとりが馬体の小ささとかけて、「まるでゴールデンレトリバーみたいだな」といって笑ったという話も伝えられています。また、ハイペリオンの馬体は、4本の脚が全て白いソックスをはいていましたが、当時4本とも脚が白い馬は走らないと言われていました。ハイペリオンが走ったことでこのジンクスは打ち破られたことになります。
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【戦績】
ハイペリオンは、数々の名馬を生産した名馬産家であるエドワード・ジョージ・ヴィリアーズ・スタンリー(第17代ダービー伯爵)の最高傑作に相応しくエプソムダービー、セントレジャーステークスを余裕の走りで圧勝しています。
ハイペリオンは、素晴らしい素質の反面、一方的に命令されることや拘束されることを嫌い、自分の気に入らないことは納得するまで決して行わない強い意思を持っていました。

調教もまじめに走ろうとしないハイペリオンに対し、「レースに使って自分でその気になってもらうしかない」と考えた名伯楽のランプタン調教師はまだ調教も進んでいなかった段階の2歳5月で未勝利戦に出走させました。

そして、このレースでハイペリオンは取るに足らない相手に4着と惨敗します。
このレースで聡明なハイペリオンは自分のなすべきことを学びます。ランプタン師はこの頑固者のハイペリオンの意見を尊重しながら、徐々に信頼関係を築いていくことになります。

1ヶ月後、ハイペリオンはいきなり重賞レースであるニューステークスに出走します。このレースには大種牡馬ブランドフォードの妹であるナンスヴィルという強豪牝馬が出走していましたが、ハイペリオンはこれを相手にせず3馬身差で楽勝します。
縁とは不思議なもので、後にハイペリオンはこのナンスヴィルの娘クラレンスとの間に名牝サンチャリオットを輩出することになるのですが、それはまだ先の話です。

この後もハイペリオンは走りたいときは本気で走る、というマイペースを貫き、大レースであるデューハーストSを楽勝すると、プリンスオブウェールズステークスは無名馬ステアウェイの同着、ボスコーエンステークスは8馬身差の3着と凡走しています。結局2歳戦を5戦3勝で終えました。

3歳になったハイペリオンは距離の短い2000ギニーを回避し、エプソムダービーのステップレースのチェスターヴァーズになんとか勝ちます。エプソムダービーでは最有力候補になりましたが、調教ではさっぱり走らなかったので、一番人気とはいえ7.0倍と人気は割れました。

しかし、このダービーでハイペリオンは、ペースメーカーであるスラプストンに騎乗していた名騎手スティーヴ・ドナハーの刻む絶妙なペース配分によって理想的なレース運びで、4馬身差をつけ2分34秒のレコードで楽勝したのでした。その後、「同じ強い馬同士が戦えば、常に大きい方が小さい方に勝つ、・・・但しハイペリオンは除く」とまで言われるようになったということですが、そのくらいこの小さい馬の圧倒的強さが印象的だったということでしょう。

その後、プリンスオブウェールズステークス(2歳時とは別レース)を2馬身差で勝ったものの、秋になって脚にハ行を発生したため、ぶっつけ本番でセントレジャーステークスに挑むことになります。ところが、この時ハイペリオンにつけられたペースメーカー、ハイランダーという馬が少々スタミナ不足だった為、3000m近いこの長距離レースを走っている途中で、ペースメーカーが先にばててしまったのです。
ペース・メーカーを失ったハイペリオンは、押し出されるように先頭を走ることとなりました。後続は慎重にハイペリオンの様子をうかがい、決して前に出ようとしなかったからです。ペースが乱れた影響をもろに受けた上、今度は2000m近くも自分が馬群を先導するという初めてのケースで、ハイペリオンは全く動じず、むしろ前に誰もいなくなって視界良好とばかり悠々と走りはじめる有様で、直線に入ってからも他の追随も全く許すことなく、2着に3馬身をつけ完勝したのでした。
馬がレースを楽しんでの英国2冠の達成に観衆は呆気にとられたということです。

4歳時にはランプタン調教師が高齢で体力の衰えもあるということで、コリッジ・リーダー調教師に代わっています。コリッジ・リーダーも優秀な調教師ではありましたが、ハイペリオンとは相性が悪く、思うように成績を残せませんでした。

マーチステークスとバーウェルステークスを僅差で勝ち、アスコットゴールドカップに向かいましたが、セントレジャーステークスで破ったフェリシテイションの3着に敗れてしまいます。さらにダリンガムステークスも2着に敗れ、このレースを最後に引退となりました。通算成績は13戦9勝です。

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【年度別競走成績】
1932年(5戦3勝)
1着 - デュハーストステークス、プリンスオブウェールズステークス
1932年(4戦4勝)
1着 - エプソムダービー、セントレジャーステークス、チェスターヴァーズ、プリンスオブウェールズステークス
1932年(4戦2勝)
3着 - アスコットゴールドカップ
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【種牡馬生活】
ハイペリオンの活躍は、種牡馬となってからもさらに一層磨きがかかりました。
直仔の産駒からだけでもイギリス牝馬クラシック三冠馬サンチャリオット、ケンタッキー・ダービー、プリークネスSを制し米国2冠馬となったペンシヴ、”キングジョージ〜”のオリオール、英ダービーのオーエンチューダー、ロックフフェラ(チャイナロックの父)、1000ギニ-、オークスのサンストーム、ハイペリカムなどがいます。
また、豪州のヘリオス、アルゼンチンのセリムハッセン、ニュージーランドのルースレスなど、英国以外の各国でも素晴らしい種牡馬を数多く輩出しました。もちろん牝駒にも優秀な成績を残したものが多く、長距離三冠王のアリシドンや、米国3冠馬サイテーションなど突出した強さの馬も見られます。結局ハイペリオンは1940-42,45,46,54年の6度イギリスのリーディングサイアーになったのです。

また、直系子孫には、ヴェイグリーノーブル(凱旋門賞)、スワップス(ケンタッキーダービー)、スターキングダム(豪州リーディングサイヤー5回)、セントクレスピン(凱旋門賞)、チャイナロックなどがおり、ハイペリオン系として世界中にサイヤーラインが広がったのです。
この馬の賢さや頑固さ、丈夫さは後のサラブレッドを「変えた」といわれるほど存分に伝わり、ハイペリオンには「サラブレッドの王」という異名がついたほどでした。

大いに繁栄しハイペリオン系を築き上げましたが、その後ハイペリオンの娘レディアンジェラがニアークティックを生み、そこから世界最高の大種牡馬ノーザンダンサーが出たことから皮肉にも自身の血脈は衰退していきました。そして、ハイペリオン自身は1960年12月9日に30歳で死亡しています。
しかしながら、現在でも後世に多大な影響を与えた3大父系(ハイペリオン、ネアルコ、ネイティヴダンサー)の1頭として歴史にその名を刻んでいます。
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【主な産駒】
◆オーエンテューダー(Owen Tudor) エプソムダービー、ゴールドカップ
◆ペンシヴ(Pensive) ケンタッキーダービー、プリークネスステークス
◆サンチャリオット(Sun Chariot) 1000ギニー、オークス、セントレジャーステークス
◆オリオール(Aureole) キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス
◆ゴダイバ(Godiva) 1000ギニー、オークス
◆サンストリーム(Sun Stream) 1000ギニー、オークス
◆ソールオリエンス(Sol Oriens) エプソムダービー
◆ハイシラ(Hycilla) オークス
◆ハイペリカム(Hypericum) 1000ギニー

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【血統図】
ハイペリオン.JPG
posted by 楽天馬2 at 22:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 競走馬達の物語
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